トレーニング受講生の言葉

第5期特別プログラム・ファシリテーター養成コースを終えて


提出者:60代 男性 近畿地方

初めに、システミック・コンステレーションに出会ったのは、畦先生の講座であった。
そのときは、単なる一つのカウンセリングの手法程度に考えていたが、チェトナさんに、研究会などで来ていただき、そこでの展開を見ることが出来、これはすごいことだと感じた。
そこでその後すぐにあった、ワークショップに参加させていただき、いろいろな展開を、特にシークレットコンステレーションを見て、ぜひ学びたいと思ったのが、トレーニングに入ったきっかけである。
始めて参加した3期では、自分の問題を解決することを目標とした。この時は、まだ十分にシステミック・コンステレーションを理解できていなかった。いろいろな展開に目を奪われていて、なぜこういうことが起こるのか、システムについての理解は不十分であった。
4期では、3期での結果を踏まえ、システムについて学ぶことを目標とした。システムとは何か、序列とは何か、貢献すると言うことはどういうことなのかなどを学んでいった。4期に入った初めの時は、ファシリテーターになろうというつもりはなかったが、受けているうちに欲が出てきて、ファシリテーターをしてみたいと思うようになり、5期に参加した。
5期では、序列としてはどうなのか、何が忘れられているのか、何ともつれているのかに注意を払いトレーニングを受けていた。ファシリテーターの動きを観察しながら受講していたが、なぜ、そのような展開が出来るのかは、よくわからなかった。したがってそのままファシリテーターコースに参加しようと考えた。
ファシリテーターコースでは、自分がファシリテーターならどの様に取り組むかを考えながら受講したが、いつも違う展開であった。何度か、ファシリテーターもさせていただいたが、いつも最後まで行くことが出来なかった。関西の勉強会でファシリテーターをしたときも、うまくいくときもあったが、着地点を誤り、今できること以上に展開しようとして失敗したりした。
このコースと同時に6期にも参加することによって、自分の見えていなかった問題にも気付くことが出来、個人の問題を解決するには、歴史や社会的なことにも目を向けないとだめだと言うことがわかった。

システミック・コンステレーションのトレーニング参加の前と後では何か違いを感じるかといわれれば、一番の違いは、大きな所から現象をみられるようになったことだと思う。もちろん、高所恐怖症が楽になったり、母親との関係が改善され、同じ夢を見なくなったり、いろいろな変化があり、自分が楽になったということは大きな変化ではあるが、視点が変わったことは、今後全てにおいて、いろいろな場面で役立つ変化だと思う。
カウンセリングをするに当たっても、この視点は重要で、その人の抱えている問題が、自分で解決できる現象的なものなのか、システム的な問題なのかがすこし判断できるようになってきている。
この間カウンセリングした鬱症状のクライアントの場合も、明らかに何か個人の資質的なものでないものを感じている。次回カウンセリングに来られたら、何か、システミック・コンステレーション的にアプローチをしたいと思っている。

今後学んだことについては、実際にカウンセリングの場面で使っていきたい。もちろんそのためには、まだまだ勉強を続ける必要もあるので、勉強会などに参加して、実際にファシリテーターの経験を積んでいきたい。特に人形を使ったワークは苦手であるので、十分に出来るよう、練習を積んでいくつもりである。また、自分自身が常に何かともつれていないかの点検する必要もあるので、おかしいと思ったら、自分のコンステレーションを立てることもしていきたい。同時に、ワークショップなどにも参加し、ファシリテーションのやり方を学んでいくつもりである。

自分にとってシステミック・コンステレーションとは何かということについては、うまくいえないが、自分にとって生きていくのが楽になるもの、自分の本質を客観的にみられるものだと思っている。また、今後も勉強していきたい、物事の本質に迫る大変重要な方法だとも思っている。

長い間ご指導いただきありがとうございました。まだまだ学ばねばいけませんので、今後ともよろしく御願いいたします。

提出者:30代 男性 中部地方/私にとってのコンステレーション

« コンステレーションによる変化 »
 コンステレーションのトレーニングに参加し始めてから約5年、その間、様々な変化を体験してきたが、その中でも、先ず思い出すのは、現在の家族についてである。
 当時の私は、自分の内面に向き合うことをスタートしてはいたものの、年齢から見れば明らかに幼く、自分のことで精一杯であり、子供を育てることはもちろん、結婚することや、結婚生活を継続していくことは難しい状態であった。
 しかし、トレーニングをとおして、親と繋がり、夫婦のあり方や子育ての意味を学んできたことにより、気がつけば、結婚生活は4年を経過し、二人の子供もすくすくと成長している。
 具体的な変化としては、夫婦喧嘩の回数が激減したことや、子供への躾について迷いがなくなったことがある。
 次に思い出すのは、仕事である。
 当時、私は、「自分にもっとあった仕事がある」「好きなことを仕事にしたい」「人に喜んで貰える仕事がしたい」等と考え、現在の仕事を辞めようと考えていた。
 しかし、トレーニングを続けてきた結果、インフラ事業という公の仕事に対し、誇りと想いを持って当時からの仕事を続けることができている。
 また、以前は、社内において自分の権利についてばかり目が行き、主張をしてきたが、現在は、責任ということについて意識し、行動することが非常に多くなった。更には、上司や先輩とのトラブルも多くあったが、現在は、良い関係性の中で仕事ができている。
 これらの明らかな違いは、トレーニングの中で、親より小さくなり、親の人生を尊重できるようになったことに加え、日本と日本の歴史に私が繋がったことによるものと思っている。

« 今後のコンステレーションの活用 »
 家庭がより良いものとなり、子供たちが本来の力を発揮し活躍できるよう活用するのは言うまでもないが、現在の仕事において活用することにより、会社をとおして日本に貢献したいという想いが最も大きい。
 具体的には、若手社員の育成において、従来の方法では効果が見込めず、職場の上司や同僚が限界を感じている姿が散見される。また、人によって価値観が大きく違う現代において、チーム力を高めることは非常に難しい。
 これらの問題に対して、コンステレーションを直接用いるという視点だけでなく、システミックな物の見方、日本や日本の歴史を私自身が持っていることによって、より良い変化を生み出していきたいと考えている。そのように考えると、日々の生活の中でもファシリテーターとして、その場その場の必要に応じて、場のエネルギーをより良い方向に促進していくことが可能であるため、このような視点を常に持って活動したい。
 これらの日常での活用を基本としながら、将来的には、経営者やリーダー向けにコンステレーションのワークショップを開催していくことで、広い層にコンステレーションを届けていきたいとも考えている。

« 私にとってのコンステレーション »
 現在の私にとって、コンステレーションとは土台である。日々のあり方や考え方を始め、様々な場面においてコンステレーションが全ての土台になっていることを感じている。その厚みは増す一方であり、コンステレーションを知らなかった時の生活に戻ることを想像することも難しい。
 よって、現状に満足することなく、今後も活用と探求を続けたい。
以 上

提出者:40代 女性 近畿地方/「私とシステミック・コンステレーション」

 漠然とした生き辛さをずっと感じていました。
自分にトラウマがある事にも気づかず、なのに罪悪感、自殺願望、無力感、劣等感などなど、ネガティブな感情やネガティブな思考に支配されていました。
自分なりに心理療法を学び本を買いあさり自分なりに色々努力はするものの本を買っても読むことが出来ず本棚に収まらない本や資料が部屋のいろんな所に積み重ねて埃のかぶった状態で置いてありました。
 そんなある時セミナー会社に勤めてる友達からファミリー・コンステレーション(システミック・コンステレーション)を教えてもらいました。
セミナー会社に勤めてる友達の紹介というのもあって、またその友達を信頼していた私は運良くファミリー・コンステレーションに出会うことが出来ました。
直感に導かれトレーニングに参加し、よくわからない欲求のまま突き進み自分の働きかけや代理人の経験、数々のエクササイズを通じて徐々に凍っていた自分の内側の何かが溶けていきました。
 最初は等身大の自分がどういうものなのかわからず、また居心地の悪ささえも感じていました。
親より大きくなってスーパーヒーローになろうとしている…。
世代を超えたトラウマを引き受けようとしている…。
魂は時間や空間を超え自分の人生をなげうってでも、家系の誰か自分にとって重要な誰か大切な誰かを助けようとしている事をワークを通じ体感を持って知りました。
自分の人生の生き辛さの奥に愛がゆえの魂の存在を知ります。
 また代理人を経験することで自分以外の人生の一部を自分の身体を通じて代理人の身体感覚、感情を感じました。その体感から得るものもとても大きく自分のこれからの人生の助けになりました。
愛がゆえになかなか手離すことの出来ないスーパーヒーローのつもりの私は、もつれてる誰かにとって役に立っているのではなく、時に感情を奪い時に感じる機能を奪い人生を奪い父親を奪い母親を奪い子供を奪い…。
手離してくれた方が楽になる体感…。
自分の人生を生きよ!と教えてくれます。
そのような体感が手離す事を徐々に楽にし等身大の自分へと近づけてくれました。
 気がつけば現実世界の私も知らぬ間に変化がありました。自分を責める事が減り親の有り難みを感じ自分の弱さも受け入れられるようになりました。良い意味で自分と他人の区別がつくようになってきて相手の何かを引き受けようとするのではなく、相手を尊重するということが出来るようになってきました。
自分が帰属する土地、国の繋がりも感じました。
今出来ることを精一杯やり丁寧に日々を過ごす。その姿を次世代に繋げたいと思います。

提出者:30代 男性 中部地方

【テーマ】
自分がシステミック・コンステレーションのトレーニング参加の前と後では何か違いを感じるか、感じるとしたら自分の何がどのように変化したか、今後、学んだものを誰にどのように活用していくか、自分にとってシステミック・コンステレーションとは何か

【本文】
 システミック・コンステレーションを通して学んだことは多くあるが、今振り返ってみて、大きく残っていることは「善・悪」の判断の違いである。
 世の中を渡っていくとき、日常に生活しているとき、私たちは多くの「善・悪」の基準、それも、時と場合によって変わるその基準を元に活動している。しかしその基準は、システムという括りの中では、全く当てはまらないどころか存在していないといっても過言ではないことが、驚きと共に私の中に残った。
 そしてもう一点、次に残っていることは、「私なのか、私でないのか」ということ。
 それこそ私たちが普通に生活していれば、今私の気になっていることから私が選択する行動、そして私に起こる嬉しいことから問題まで、様々なことが、実は「私」という枠には収まらない、システムによる影響がとても大きいという事が分かった。
 これは、漠然とは感じていたし、システミック・コンステレーションを知り始めた当初から、何となく分かっていたことではあったが、トレーニングが進むにつれて、それも私自身が問題を取り扱ってもらった時に、深く腑に落ちた感覚があった。今生きている家族の影響だけではない、命の流れとしてある家族システムに関わった人々からの影響も、大なり小なり存在していることは、私という存在が私であるために、どれほど多くの人々から影響を受けているのか、改めて考えさせられた。
 最後にもう一点は時間の流れである。システムを見ていくと、今なのか過去なのか、過去は過去でも、自分が生きている間なのか、世代を大きく遡るほどの過去なのか、それらが「今」の私たちに大きく影響していることか感じられた。しかし、このレポートを書きながら、時間が影響していることは理解しているのだが、詳しく書こうとすると、まだ簡潔に書ききれない自分に気づいた。それについてはこれからもう少し考え、理解していきたい。
 この他にも、もちろん多くの発見や理解があったが、以上の点が大きく私の中に残っている感覚、残っている事である。
 日常生活の中、これらの感覚を理解して暮らしていると、私が今ここで感じている感情、今私がここで考えている事、今私がここで起こしている行動は、一体どこから来ているのか、何に動かされているのか等と疑問に思うようになり、その疑問を解消するべく、日夜調べたり、紙や人形を使ってコンステレーションを立ててみることをしている。
 また、一昨年、ボーイスカウトで指導した後輩が自ら命を絶った。それを聞いたとき、彼の中に何が起こったのか、彼のシステムには何が起こっていたのか、そして、彼をそのように行動させた力とは一体何だったのか。先祖から連綿と受け継がれてきた命の流れを絶たねばならないような力動とは恐ろしいほど強いものであるが、しかし、それを扱っているのがシステミック・コンステレーションであり、ファシリテーターであると考えると、ファシリテーターとしてクライアントのシステムを扱う時は、より慎重に、そして尊敬と畏敬の念を持って働きかけをしなければならないと、改めて理解し、自分の中に落ちて行きました。
 これからもどうぞ宜しくお願い致します。



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